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「鳥獣害対策における自衛隊出動案」に関する見解

参照:朝日新聞2007年6月10日付記事(リンク切れ)

自民党有害鳥獣対策検討チームのヒアリングにおける提言

2007.6.12

「鳥獣害対策における自衛隊出動案」に関する見解


野生生物保護法制定をめざす全国ネットワーク


 さる6月10日、自民党の農林漁業有害鳥獣対策議員連盟が、被害対策のために 自衛隊の出動を可能とする議員立法の制定を予定していることが報道された。
 野生鳥獣の保護管理には、野生鳥獣の生態や農林被害発生メカニズムの把握、 適切な防除法の選択などが行える人材の配置が不可欠である。このことは、環境省の野生鳥獣保護管理検討会(2000〜2005年)の報告に おける人材養成を重視した提案や、これに関連した農林水産省の登録制度など によって、少しずつ動き始めている。
 今こそ、従来の狩猟団体に依存してきた駆除制度を改め、専門家と地元の協力 による保護管理体制を作るべき時期でもある。それにもかかわらず、狩猟者の減少 ・高齢化を自衛隊出動によって補おうとする今回の判断は、1999年、2002年 国会での議論に基づいた動きを180度逆転させるものであり、本ネットワークと しては到底承服できない。

 当ネットワークでは、以下の理由で、有害鳥獣対策における自衛隊出動に反対する。

1、野生鳥獣対策は広く国民の合意形成のもとに行われるべき

 1999年、2006年に鳥獣保護法が改正されるにあたり、中央環境議会が出した 答申では「野生鳥獣は国民の共有財産である」と明記している。
 このことは、野生鳥獣による恩恵は国民が等しく享受するものであるとともに、 農水産業被害は国の責任のもと、国民の意見を踏まえて対処すべきものであることを意味している。

 近年、野生鳥獣による農作物被害が問題となっているが、これは理由なく発生しているものではない。その背景には、中山間地域における過疎化、高齢化、 耕作放棄地の増大、農作物残渣の取り残しなどの問題があり、これらの人間の側の社会問題が複合して野生鳥獣を農地に誘引し、農作物被害を引き起こす大きな要因となっている。

 「鳥獣害は、自然災害というよりは社会問題のひとつである」との認識に立ち、国が対策を講じることが重要である。そのためには、中山間地の活性化、地域農業の振興、環境保全型農業の推進、鳥獣の生息地の回復、野生生物専門員の育成といった複合的な施策を講じていく必要があることを当ネットワークでは常に提言しているところである。

 しかし、鳥獣害対策には「駆除」しかないとする意見も依然として根強い。
 自民党有害鳥獣対策議員連盟では、狩猟の規制緩和ていどでは追いつかないとして、鳥獣の駆除等のために自衛隊を出動させる方針をを打ち出している。

 しかし、この対策は、以下の理由で非現実的であり、効果がないばかりか、公費の無駄使いとなることを指摘したい。

2、総合対策本部と全体計画に基づく体制の構築は困難

 自衛隊の出動は、2つの場合で可能となる。一つは、災害派遣(自衛隊法13条)で、この場合は知事の要請があること、緊急性、公共性、非代替性であることである。

 災害派遣の場合は、都道府県に対策本部を設け、中央機能を作り上げる必要がある。また、全体計画を作り、その中で自衛隊が担うべき役割を定める必要がある。

 しかし、今の都道府県に鳥獣害(災害)対策本部を設けることが可能だろうか。

 特定鳥獣保護管理計画でさえ、事前の生息調査等に3年程度かかるため、 計画を策定できない都道府県が多い中、中央災害対策本部を設置し知事が指令を行うといった体制ができるとは到底考えられない。

 また、鳥獣害は台風や地震のような突発的に発生する事象ではなく、 中山間地の過疎化や高齢化といった社会的要因、生息環境の変動、 気象条件など多様な要因の組み合わせによって発生する。従って、その対策も長期的、計画的な取り組みが必要であり、自衛隊の出動による短期決戦方式には適していない。

 また、そのような短期的、場当たり的な対策では、被害を起こす鳥獣の群れを拡散させ、かえって被害を各地に移転させてしまう可能性も否めない。

3、被害防除対策は、地元の雇用と担い手で行うべき

 自衛隊出動のもう一つの可能性は、土木工事の受託である。この場合は、 地方公共団体の依頼で出動の実費は自治体が負担すること、その事業が訓練に役立つことを要する。

 しかし、もし自治体が、実費を負担して自衛隊を使うのであれば、むしろ地元の人を直接雇用した方が、地域経済にとって有用である。

 さらに、自衛隊が出動して防護柵の設置や刈り払いなどをしたとしても、柵の設置後の点検など、メンテナンスまでは行えない。地元に日常的なメンテナンスをする人がいなければ、防護柵はたちまち無用の長物となり、設置自体が税金の無駄使いとなってしまう。
  同じ公費を投入するのであれば、地元に長期的に貢献できる人材を育成することに使う方がはるかに将来性がある。
 そもそも、野生鳥獣の生態の把握や被害対策技術を専門的に指導する人材がいない現状で、やみくもに防護柵を設置しても効果はない。

 いま、現場にもっとも必要なことは、鳥獣害対策の相談や対策のできるアドバイザー、野生生物専門員制度の設置・育成である。鳥獣害は、動物の種類、生態、行動特性によって異なるうえに、生息環境、地域の地形や気象条件等、さまざまな要因によって発生する。このような多様な要因に対処できるのは、地域に密着し、かつ鳥獣問題に専門的知識や経験のある人材である。

  仮に自衛隊員に被害対策の研修を受けさせ被害対策を担わせるとしても、ミッションが完了して撤退した後は、元の木阿弥となる。被害対策を自衛隊員に委ねるよりは、地元で取り組むNGOやNPOを育成したほうがはるかに地域に貢献でき持続性がある。


4、自衛隊の銃器発砲の危険性

 議連は、自衛隊に鳥獣を撃つ役割を期待していると見られる。しかし、鳥獣害のある現場は、里山、里地であり、生活圏かその周辺域である。
 狩猟の経験も訓練も受けたことのない隊員がいきなり鳥獣を射殺できるとは考えられず、また威力の強いライフル銃は周辺住民にとってはきわめて危険であり、地元で反対運動が起こる可能性もある。
 地元の猟師でさえ、安全性の観点から、地域外からハンターが入ってくることに反対している(千葉県では地元外のハンターがサルの有害駆除作業中に誤って人を射殺した事件が発生している)。

 シカ等の駆除のために、夜間における駆除、発砲が提案されているが、夜間の発砲は鳥獣保護法で禁止されており、住民、通行車両、住宅等に及ぼす危険性はきわめて大きい。 仮に事故が発生した場合は、地元住民の不安や反感をつのらせ、自衛隊の活動に対するイメージダウンは避けられない。


5、生物多様性の保全と環境教育に対する悪影響

 この6月1日、「21世紀環境立国戦略」が閣議決定された。この戦略では、今後1、2年で重点的に着手すべき8つの戦略の2番目に、「生物多様性の保全による自然の恵みの享受と継承」をあげ
ている。現在、国は第3次生物多様性国家戦略の策定作業中であり、中でも農水省の生物多様性国家戦略案では、環境保全型農業の推進や、生物の生息環境の質を高める農林水産業の推進を明らかにしている。

 政府は、2010年の生物多様性条約締約国会議COP10の日本での開催を招致しており、いまや生物多様性の保全は、国の重要施策のひとつであると認識される。

 このような時期に、自衛隊が野生鳥獣を駆除・殲滅させるといった発想は、国内外の世論においても到底受け入れられないであろう。

 また、子供たちの教育上にも弊害を及ぼすおそれがある。平成18年12月に改正された教育基本法では、教育における5つの基本目標の一つに、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと」が明記されている。野生生物の生態を学び、生物多様性への理解や、生命の尊重の情操を養うべき環境教育においても、あり得べからざる方針である。